比治山神社

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広島市南区比治山

御祭神/大国主神・少名毘古神・市寸島比売神・須佐之男神・車折大明神

元々は比治山の南の「黄幡谷」と呼ばれる谷に鎮座し、黄幡大明神(おおばんだいみょうじん)・黄幡谷と称していましたが、天保3年(1646年)3月に真言宗勝楽寺の境内に遷座し、その鎮守社とされました。寛文年間(1661年-1673年)に現在地に遷座し近隣の村の産土神として信仰されました。明治の神仏分離の際に勝楽寺と分けられ、鎮座地名から比治山神社に改称しました。明治5年、村社に列格しました。

住吉神社

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広島市中区住吉町

御祭神/表筒男命・中筒男命・底筒男命

享保18年(1733)に勧請され、江戸時代は浅野藩の船の守護神として信仰されました。今日も航海安全、交通安全、学問学芸成就、縁結びなどの祈願に訪れる市民は多く、広島三大祭の一つで広島の夏の風物詩・住吉祭は「すみよしさん」の名で親しまれています。毎年2月3日には、全国的にも珍しい節分祭「焼嗅がし神事」が行われることでも知られます。

東照宮

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広島市東区二葉の里

御祭神/徳川家康公

江戸幕府初代将軍・徳川家康公を祀る社で、当時の広島藩主であり徳川家康公の外孫にあたる浅野光晟(みつあきら)が慶安元(1648年)年に建立。広島城から東北鬼門の方位にあって、鬼門除けの役割もあったようです。当時の建物のうち本殿、拝殿は原爆により焼失したものの、唐門・翼廊・御供所・手水舎・本地堂は、当時のまま江戸時代初期の建築様式を伝えています。

護国神社

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広島市中区基町

御祭神/広島県西部出身者の英霊、原爆による公務犠牲者の神霊

明治元年の戊辰戦争で戦没した浅野藩士を祀ることで、水草霊社が建立されたのが始まり。以来、第二次世界大戦までの事変戦争において、戦没された英霊およそ92000柱(勤労奉仕中に原爆の犠牲となられた動員学徒、女子挺身隊等を含む)の神霊が祀られています。旧広島市民球場辺りにあった社は原爆で焼失したため、昭和31年現在の広島城跡に再建。毎年中国地方で最も多くの初詣客が訪れ、広島東洋カープが優勝祈願に訪れることでも有名です。

熊野神社

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安芸郡海田町

御祭神/伊邪那美命・速玉男命・奥津事解男命

萬寿3年(1026年)紀州熊野新宮より勧請されました。よって明治6年に、社名を「新宮」から「熊野神社」と改称されました。八咫烏(やたがらす、やたのからす)は、日本神話で神武東征の際に、熊野国から大和国への道案内をしたとされる烏ですが、この熊野神社でも三本足の烏の姿絵をシンボルとしています。海田市町は古くから安芸国山陽道の重要な宿駅であり、参勤交代の諸大名は、神社西隣の本陣に投宿して必ず参拝していました。